むなつきはっちょう

個人的徒然気ままブログ

道筋


今日は久しぶりに
アート的なイベントに行ってきました
その名も「変態アニメーションナイト」
というものすごいことを想像してしまう
名のついたイベントなんですけど
ちなみに変態というのは
決して性的志向のひとつのことではなくて
異常なとか変わった形・状態といった感じの
方向性で意味づけられてるようで
なんかすごいイベントなのかも~
と思ったのですけど
普通の短編アートアニメーション映画祭
って感じでした
若かりしころこーゆー感じのイベントは
よく参加してきたけど
結局面白さってそれほど感じられなくて
こーゆー一風変わったイベントに参加している
私が好きみたいな感覚だったのかもしれなくて
今回もなんかそういう人たちを狙った
ある種商業のにおい の漂うイベントにまんまと
引き寄せられてしまったのでした!
意味のないものとか 
繰り返しのものとか
意図的な不具合とかを私は
理解できない苦しみと
楽しめない絶望と  
何かを見出したい試みでいっぱいで  
ほんとうにつかれてしまいました

最近就活してて職務経歴書とか
履歴書とか作ったりしてるんですけど 
社会で役立つスキルや常識に侵食されていた私は
このアートイベントに参加したせいで崩壊しかけたというか
なんかぜんぜん楽しめなかったな~
私は恵まれていて本当に幸せに暮らしているは
ずなのだけれど 
甘いといわれるのはわかっているのだけれど
なんかしっくりこない
何年もなんかしっくりきてない人生をすごして
いると感じていて
もともと自分は悲観的な性格だということは理
解している
悲しみが自分にとって心地のいいものだと感じ
やすいことも知っている
それを断ち切ろうと考え方を変える練習もして
いる
それによって自分の感受性の豊かさが消えてし
まうのではないかというおそれもある
自分の居場所だと思っていたところの居心地が
悪くなったり
いままで積み上げてきた関係性が急に不必要な
ものになったり
なんかつかれたのに
社会がもとめてくることは強大で恐怖
守られている部分もたくさんあることはわかっ
ているけれど
わたしには複雑すぎてそれもまた拒絶のように
思われる
女子の雑談に辟易してしまう私は
協調性のない人なのに
自己啓発的な講習のグループワークで
「自分が気づいていないけど周りが気づいてる窓」BYジョハリの窓
で「協調性がある」に○がつく
真実ではなく幸福を追求しなければならなくて映画「何者」でもみんなを分析ばかりしていた
主人公はずっと不幸でした
こんな文章を書くくらいなら
イケメンが出てる映画を見て眠りにつくのが健康的